カメラマンをしています。

ふかふかの夜に。

本業はフリーランスのフォトグラファー。ここを日記のように使っています。誰かに見せたいものじゃなくて、自分が忘れたくない気持ちを置いとくところ。たまに写真や仕事のこと。

詩と純度と料理。

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二日前に純度の高い数時間を過ごしてしまい、

消化が済まないでいる。

言葉にしてたくさんの人に伝えられるような

シンプルな出来事ではないけれど、

その日のその時間は私の宝物になった。

まだ全然うまく伝えられないけど、

忘れたくないから、あらけずりのままでも

今、ここに置いておきたいな。


8月9日、日曜日。

数年前から仕事でご一緒している、

料理家の奥地さんと磯野さんの場所で、

ごはん会を催してもらった。


ふたりは物凄く美味しい料理を

テーブルいっぱいに並べて迎えてくれた。

到着してすぐ、

奥地さんが缶ビールを手渡してくれて、

イッタラのグラスに白ワインを注いでくれた。

磯野さんは、このパンにこのバターをたっぷり

塗ってブルーチーズをのせるとおいしい、

と教えてくれた。小さな花束を渡すと、

「ちょうどお花がないねって話してたのです!」

といって、大きなガラスの素敵な鉢に

ざくっ!と花を入れてくれた。

愛がこもっていた。

花の生け方にも、料理にも、人にも、空間にも、

その日にも。


恋人のようなきょうだいのような

ふたりの空気感が好きなわたしは嬉しくなって、

最高に素敵なごはん会の始まりだった。


その日のテーブルには

他人から借りてきた言葉はひとつもなくて、

自分が大切にすると決めたものや

守るものの話をしてたんだと思う。

じぶんの言葉で伝えようとする各々のうつくしさと

目の前の人のことが知りたいと、祈るように

耳を傾けるほんとうの優しさが、

居眠りなんかを挟む無頓着さでもって

常にテーブルに置かれていた。

 

それこそが、ふたりが大切にしてること

そのものなんだと言わんばかりに、

料理にまざって静かにそこにいた。

私はおしつけがましくなさにおののいて、

こりゃあ消化が間に合わないな、と

早々に気がついて

浴びるようにことばと気配を楽しんだ。

 

一言一句間違えずここに書けたとしても、

到底つたえることが私にはできない。

詩に鮮度があるように、

写真に鮮度があるように、

その日の言葉には鮮度があった。

「そこに詩はあるのかないのか」、

そんなことを私達は話し込んでいた。


近い距離では全然遠いひと同士が

もっと大きな輪になったとき、

外から見て合ってるなって見えたら

それが良いと思う、と奥地さんは言った。

好きな銘柄のホワイトソースが映り込んだ

写真を見てそこで働こうと決めた、と

過去の職場のことを

磯野さんはそんな風に言った。

 

尊いものは透明で、きらきらと透き通ってる。

そのテーブルは

季節もない、ちいさな宇宙のようだった。

おこがましいけれど私達はその日

同じ言語ではなしてた。

よかった。私はここにいることができてよかった。

祝福したいような一日だった。