ふかふかの夜に。

本業はフリーランスのフォトグラファー。ここを日記のように使っています。誰かに見せたいものじゃなくて、自分が忘れたくない気持ちを置いとくところ。たまに写真や仕事のこと。

.LAB RAINROOTS

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2026年8月9日、遠くからきこえてくる蝉の声がすきだなあと思う。声でなく、もう音かな、

昨日、塩屋につづいて大切な場所が もひとつふえた。この夏はそんな夏なのか 暑い日。

名古屋の.LAB RAINROOTSさん。

気になる写真展をされていて、昨日 思わず15時半の新幹線に飛び乗って17時にはそこにいた。初めて伺った場所だったけどそこにいさせてくれて、常連の人たちと小さなテーブルを囲んで、佐内さんのことや、ずっと知りたかったA-CHANという写真家のこと、擬態屋のこと、たくさんみせていただいて、きかせてもらって教えてもらって熱々な夜だった。肩まで浸かってのぼせながら帰阪した。20時半においとまして、23時に帰宅した。小さな宇宙旅行

大切な場所がまたできてしまった。また、場所に小さく恋に落ちた。

迷ったけど本当に行ってよかった。辿り着けてよかった。常連さんのひとりが「ここは名古屋じゃない 宇宙だから、」と呟いて、ほんとうだ、と思って 本当ですね、とお伝えして。本当だった。

ここ私の未来に関わっていただきたい場所、と、あまりに偉そうだし自分が怖いけどそんな風に思った。それくらい自然にいさせてくれた。

ところで、新幹線の駅に向かうバスの中で詩集をよみながら、大前提すぎて考えたこともなかったけど、自分はなんで詩人という人種を好ましく感じるんだろうとふと思った。あ、と思って、

正直さを軸に生きてるような気がするからかも、と思った。それが事実かどうかはわかんないし、人にもよるかもしれないけど私はそんな風に思ってしまう節がある。

自分の中の正直を煮詰めた言葉が詩だと興奮するなと思う。佐内さんとA-CHANの写真にもそれを感じて泣いてしまう。

でもそれでも、彼女彼らが商業ベースにのってくれたから、私は作品に出会うことができた。垣根なく、隔たりなく、いけるとこまで、できるとこまで、写真、て思う。

大丈夫そ?

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2026年8月8日、もう夕方だけど日帰りで名古屋に行こうとしてる新幹線のホーム。

気になっていたひとの写真展があって、しばらく、行こうか迷ってなんか決められなくて、放置してて、今朝起きたら、あら、行くんだわこれ、と思った。

何年も前にたまたま東京で見つけた写真集に激烈に惹かれて買って帰って、それが誰なのかあんまりわからないまま月日が経って、名古屋でその人の展示があると知って、これからいってくる。

ご本人は在廊してない雰囲気だけど、そこの方に、何者なのか聞いてきたい。

写真がもうすごく良いのはわかってる。

素敵だったら、またここに書こうかな

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2026年8月7日

寝屋川の撮影現場に早く着いて ブルーベリーの飲むヨーグルトをすすってる車中。今週はずっとずっと晴れてるなあ、金曜日だ。

書いておきたい街ができた。昨日と一昨日の2日間、savvyの撮影で塩屋の街を歩いた。案内人のKさんが私達につきっきりでアテンドをしてくれて、街のこと、人のこと、店のこと、沢山おしえてくれた。本当にすてきな2日間だった。

初日に、あれ??と気づいてしまった。似てた。私が恋したポートランドに似てた。

1日に何度も同じ人にばったり会うサイズ感、街の人のひと懐っこさと、やりたいことをするんだと決めてここに来た大人の、依存しない程よい距離感。

そこから生まれる各々の機嫌のよさと助け合い。お金より大事なものがあると当たり前のように共有してる価値観、自由でクリエイティブでどんな風に生きていこうかを朗らかに模索してるからか、対話の時間は沢山持ってるけど、人を批判する時間は待ち合わせてない空気。

塩屋らしく暮らしてる、を気に入ってるような人たち。

外からくるひとも拒まない、仕事はひとつじゃなくていい、地産地消の暮らし。

わたし何度もポートランドに通って今年だって9月に14時間かけていくけど、関西にあったなんて!

と、案内してくださるKさんに何度も言ってしまった。

塩屋って、アーティストや文化人が好むおしゃれなコミュニティと思って、少しだけ、けんえんまではいかないにしろ、意識たかそうな街だなあ自分にはおしゃれすぎてしまいそう怖い、と思ってたけどぜんぜん違った。見栄とかブランドとかでなく、身の丈に合ったやりたいことを軸に生きる。暮らす。そうゆう当たり前が、当たり前にちゃんとあるまちだった。

ポートランドだって、はじめて誘われたときは同じ理由でそんなに乗り気でなかった。おしゃれなまちでしょ?こわい…と思って飛行機に乗った。でもその街に着いて初日でスコン、と恋に落ちた。

ここにいたら、焦ったり、人と比べたりしなくてよくなりそう。ここで暮らしたら私は何を感じてどんな写真をとる??知りたくなった。

 

同じことが塩屋で起こった。今すぐここで暮らしたいか聞かれたら、すぐにはむつかしいけど、ポートランドのように、近場にひとつ大切な街ができたと思った。…通うんだろう。

塩屋で撮影をしてるとSNSにあげたら、3人のともだちから、塩屋に来てるの!と連絡があった。みんな暮らしてるわけではないのに塩屋を愛しすぎてる人たちがいるのもすてきだった。

いっしょにしたら塩屋に失礼だけど、自分にとってのポートランドみたいな場所が関西にあった。案内人のかたに、みっちり一緒してもらって撮らせてもらえたこと、なんとも贅沢でやくとくだったな。

ポートランドに移住は現実的にむつかしいな、と医療とか保険とか仕事とか、、と思ってたけど、塩屋は日本にあって、しかも関西にある。これから通うだろうし、タイミングがきたらいつか暮らしててもしぜんだな、着々。

スモールビジネスが尊重されているのを感じられるのも、ポートランドだった。みんな自分の仕事を愛してる。愛しすぎてるゆえの色んな人の困った(?)エピソードや変なエピソードもきかせてもらえて、すごくよかった。はやりとかじゃ全然なかった、誤解してたの恥ずかしくなった、自分のふところの小ささと想像力のなさに反省しきり。

 

 

月曜日だった

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2026年8月3日

めずらしすぎる 夜につける日記。

なつのゆぶねもきもちいな、

今日は朝から夕方まで、近所のコメダ珈琲で仕事をさせてもらった。なんだか長居が申し訳なくて、モーニングでアイスレモンティーとトーストとをいただいて、お昼になったらハムサンドのランチプレートを注文した。午後になったらアイスオーレを注文した。電源とWi-Fiが使わせてもらえて、派手にサボらないように自分以外の人間までいてくれる。ありがたい。

なんとか期日ギリギリで最低限の納品や書類をして、夕方からは写真のプリントを発注して受け取りにいったり、ヨドバシ梅田に明日のバックペーパーを買いに行ったりした。

今日は車を運転しながら「誰かといるときの自分」についてなんとなく考えていた。

この人といるときの自分は好きだな好きじゃないなとかんがえるとき、どんな自分でいるのが好きなんだろうと思った。思って、

そのとき自分ができる最高純度で過ごせるのが心地よいのかもしれないと思った。そうやって生きていきたいのかもしれないと思った。

これまでひとに対して色んなすきになり方をしてきたけど、一緒にいて「自分はまじめすぎるのかな」とか「自分はきれいごとすぎるのか」と落ち込んだ時間が浮かんで、勉強になります、と思った。

言語化できないと理解しないってなんか情けないなあ。情とかもあるしむつかしいな。

青臭いことゆうけど、年をかさねてあらためて、そばにいて自分がもっといい人間になりたいと思えるひとがいると楽しそうだな。

 

今日は月曜日だった。火曜日から金曜日は撮影がつづくから、体調ととのえて頑張っていきたいぞ、て気持ち。

 

 

なんてことない日記

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2026年8月2日

ひっっさしぶりに湯船に浸かって半身浴している日曜日の午前。1年近く、気にかけることができてなかった生活習慣を整え直していきたいなー。

昨日の夕方まで関東出張に出かけていた。木曜の夜に大船入りして金曜日に葉山で飛田和緒さんの連載のお料理の撮影。飛田さんの食卓は今回もとびきり無造作でうつくしかった。こんな風に年をかさねたい、がいつも詰まって…そこかしこに積み重なっている。ソファの横の無造作な積ん読や彼女の新刊の束、お喋りにみみをかたむけてくれる佇まい、嘘みたいにおいしい料理達。年に数回、その空気を全身で吸い込めるありがたさ。

土曜日は別のクライアントさんと、神楽坂でティラミスの撮影をした。土曜日の撮影を昼頃で終えて、神楽坂のサーモンヌードルでランチをご馳走になって帰阪した。

2泊ぶりに帰って来た大阪は新幹線を降りた途端 日差しが刺すように暑くて、帰宅してすぐ、冷蔵庫で冷やしておいた小さめの西瓜を丸ごと食べた。

身体がすごく冷えて、自然ってすごいなあと思った。あと、家にあった茗荷と紫蘇と海苔を雑に全部のっけた素麺を食べた。当たり前だけど雑と無造作って全然違うなあ。

丁寧にすばやく、良い格好せず自然に。それが無造作だと思う。雑は、ただ、雑だ。慌てたり、対象への姿勢が蔑ろだったりする。…昨日の茗荷と紫蘇と海苔に謝らなきゃいけない。ごめんなさい。

「無造作」と同じように、「身の丈に合った」も好きな言葉。すこし共通点もある気がする。そんな風に暮らして生きていきたいといつも思う。

身の丈に合った暮らしを、淡々と、無造作な景色の中で。写真を撮ることは私にとってすっかり造作ないこと。撮っていることが無造作の極み。

今日は朝から自宅を整えて出張の着替えを洗濯して、お風呂に浸かってる。あがったら、これもまた久しぶりのストレッチをして、午後からは南堀江のイベント2つをハシゴする予定。

暮らし、ととのえなおしたい(2度目)

明日の朝は、これまたもう何ヶ月ものってない体重計にのるか。。。

お風呂に浸かることや、浸かりながら、考えすぎず、なんてことない日記をあげる時間も、整え直しの一環だなあとかんじる♨️

くま

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2026年7月30日

7月も終わるなあ。

久しぶりに風邪をひいて、マスクの下で鼻水をたらしながら品川に向かう木曜日。夕方。

6月に開催した「傘さす惑星」という展示は、先日メンバーで振り返り会のようなものをしてひと段落ついた空気、日常。

気づいたら、普段は主に仕事の実績をあげていた自分のSNSに、2026年の前半はほとんどそれをあげてなくて展示のことばかりになってると気づいた。それでこの頃は、せっせと仕事のほうをあげている。

「傘さす惑星」の気に入ってるところのひとつは、会期を終えた途端メンバーの3人ともがプイ、と踵を返し各々の生活に一瞬で舵を切るところ。

創作について信頼できてるから馴れ合う必要がないのかも、とこの間コバトさんと喋った。

今日はこれから、大船まで移動して1泊、明日の朝逗子に移動して、料理家の飛田和緒さんのお宅で撮影をする。

うつくしく無造作な料理がたくさん並ぶ撮影、明日には鼻詰まり、治ってくれないかなー!

明日の撮影を終えたら同じホテルで2泊目をして、土曜日に雨が降らなければ神楽坂で別の撮影をする。風邪こじらせてる場合じゃないのよ〜。

ホテルに着いたらゆぶねにつかろう、、

8月からは生活習慣を整えなおしていきたいなあ。ところで最近のもろもろ。

おどろくほど茶色い食卓(さいこう)を囲みながら私の家でひらいた「傘さす惑星」の振り返り会のようなもの、とくに振り返らず、フワッと、次の次はポートランドでやりたい…と聞いてもらった。びっくりすることに、動き始めてる。

今年の始めに、私の部屋のリビングの壁から何度か落下してそのままになってたさとうさかなさんの黄色い絵を、振り返り会の時に林さんにもういちどリビングに掛けてもらった。

コバトさんが、この絵はこの部屋に合う、と言ってくれた。

寝室に置いてあるその黄色い絵を取りに行って、そこには20年もののクマのぬいぐるみを置いてあるのだけど、それは初めての一人旅の東欧にも、アメリカにも連れて行った大事なクマで、それを見て林さんがいい目をしてる、と言った。嬉しかった、名前は紹介しなかった。

目が合うと話しかけてる私の好きなくま。

 

 

すこしまえの雑記

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2026年7月16日、木曜日。昨夜はスタジオで仕事をしてたけど全然 終わらなくてあきらめて、ソファで仮眠を取りながら朝になった。

5時ごろのっそり起きて駐車場から車をだしてスタジオ近くのセブンイレブンに寄った。ずっと受け取れてなかった宅急便を受け取って、ついでに店の奥のコピー機で住民票の写しを発行して帰宅した。朝7時。

朝帰りして自宅の部屋のドアをあけると、ありえないほど散らかった部屋が、あけっぱなしのカーテンから差し込む朝日を浴びて輝いていた。ちょっとここにも載せられないほどの部屋。

立ちすくんで、眺めて、ふと素敵な気分になった。わたしは最近、ここに帰ってきたんだなと思った。気持ちの話。

振り返ると、4〜5年前の忙しい時期は色んなものを削ぎ落とすことに必死になってた。

やばいときは家の中にプラスチックひとつ、色彩ひとつ、ゆるせなくなってた。ボロ雑巾みたいになりながら束の間帰宅して、自分を刺激する色ひとつが命取りになるような生活だった。マグカップがひとつ欠けただけで全ての生活のバランスが崩れてしまうような暮らしだった。

床のフローリングの茶色が許せなくて無地のグレーを敷いていた。配線を隠そうと何にも入ってない額を立てかけてた。スピーカーが出てるのも嫌だった。(添付の写真です)

最近、当時の部屋の写真を幼馴染にみせたら

『ふつうの人が見たら「なんて素敵!スッキリ!憧れる!こんな生活したい!!」てなるのが9割やと思う!!!!私は抱きしめたい!!今にも張り裂けそうなんやな!!!!ってなる!!!
ただ整ってるのと違う緊張感がすごくある。これは感覚的な問題で実際説明がつかないけどもほんとうにこれは切実な緊張感が漂っている。。。』

とラインをくれた。

当時はきづかなかったけど今ならわかる、すこし病的だった。疲れて帰宅して何にも刺激されることなく静かな世界に戻りたかった。ものが少ない部屋をなんとか保とうとしてた。ちゃんとしたフォトグラファーになりたかった。今はそんなのどうでもいいなと思う。

ずっと前から知っていたこの散らかった光景がわたしの場所だと思う。こわいくらい散らかってて、雑多でどこになにがあるかわかんなくて、写真撮ってて写真と暮らしてて、いつもひとりで考えごとしてる。

そんな風に生きて、死んでいけたら良いなと思う。もう、私は逃げたい時にたくさん逃げなかった。

きれいなときも汚いときも極端すぎてどちらも病的で「ほどよく」ができないけど、それはもう諦めた。

あと30年か40年しか写真とれないんなら、後者がいいやと40歳をすぎて思う。思うというか、やっと決めれた。時間がかかっちゃったな、遠回りしたな、でもよかった。

どうして撮ったのかわからない写真を撮る為に、仕事で写真をとる。そうしていただいた対価でフィルムを買ってスヤスヤの家賃を払い、自分の写真を撮りにでかけて、写真や言葉を囲む。

(現実に戻る)

帰宅してシャワーを浴びて洗濯をまわして、銀行に行った。銀行の後にロピアに寄ったらまだ開店前で、ふと見渡すと、店員さんが持つ長いホースから勢いよく水がだばだば出ていて、売り物の花や木がそれを浴びて、ブルンと気持ちよさそうだった。その光景がとてもよくて、またこれ見にこよう、10時前。と頭の中にメモをとった。

昼間は自宅で少し仕事をして、夕方、フランスから帰国中の写真家の友達、えりちゃんの製本作業を2時間だけ手伝いにいった。

夜は記憶がすっかりないなあ、たぶん仕事のつづきをしたのかな