ふかふかの夜に。

本業はフリーランスのフォトグラファー。ここを日記のように使っています。誰かに見せたいものじゃなくて、自分が忘れたくない気持ちを置いとくところ。たまに写真や仕事のこと。

なんでもいい

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2026年6月28日

台風一過、展示最終日の雨の日曜日。

誰もいない朝の展示空間

ご褒美みたいだな、と思う。

賑やかな時間がなんどもあった

まとめたり振り返ったりはまだできない。

まだしばらくできないし、しないかもしれない

7時のオープンぎりぎりに展示空間である

自分のスタジオに滑り込んで、

山口に暮らす姉から届いた珈琲豆で

適当な淹れ方でいれたコーヒーをのんでる。

雨の日に淹れるコーヒーがすきだなとおもう

今朝、6時に自宅を出てスタジオの最寄駅に

ついてから歩いていた橋のうえ、

風は冷えていて、気持ちいい、と思った

彩度の低い曇り空のした

寂しさと嬉しさがまざっていて

理解が追いつかないほどしあわせだった。

わたしのしあわせには寂しさが混在

してるのかもしれないと思った。

ひとりぼっちの場所の底は、

暗い場所で水面に白っぽい花がゆれていて

静かで、乾いていて、すこし寂しくて優しい。

 

まだうごきだしてる人が少ない時間帯、

ビニール傘にあたる雨の音と

自分の足音がきこえた。泣きそうだった

いいときもわるいときも

かなしいときもうれしいときも

前向いてても、とまってても、

全てのことにゆうれつなく、

写真が撮れる環境に自分がいるなら

もうなんでもいい。

昨日、コバトさんの詩の朗読をききながら

そんなことをおもっていたのかもしれない

3度目の週末

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2026年6月20日、土曜日。

謎の寝起き日記(午前4時)をつけてから7時間経った。自分のスタジオで目を覚ましてからごそごそと車で一旦帰宅した。

洗濯をまわしながら、台所で長いことしなびて気がかりだった果物や、昨日の撮影中に道の駅でかった野菜を取り出して加熱や救済をした。それらをタッパーに詰めて、かばんにつめこんで、今度は電車でスタジオに向かってる。

週末の今日は正午から22時まで自分の展示の在廊をする。今日は1人で在廊予定だし、雨だし、お客さんも少なそうと踏んでいて、在廊中に平日の野菜不足と食べすぎ(料理撮影が4日続いた!)を解消しようと野菜と果物を持ってきた。

解消というか普通に野菜たべたい。とうもろこし、ズッキーニ、まくわうり、りんご、アスパラガス。いつかの出張で買った、使いかけのハーブ塩も袋ごとつっこんできた。雑い。

今朝は、冷蔵庫の奥でカチコチになってた文旦を(もはや)解体して食べた。果実はぼろぼろになったけど味はとてもぶじだった。甘くておいしかった。在廊中、あわよくば画像編集もすすめられるといいな〜

寝起きになんとなくつけた日記

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2026年6月20日、土曜日。

朝だ。スタジオで朝を迎えてしまった。徹夜してたわけじゃなくて寝落ちてた。ブラインドを下げた窓の外はまだみてないけど、車のタイヤが、濡れたアスファルトの上をすすむ音がする。夜の間に雨が降ったのかな

今週は気づいたら月曜から金曜まで撮影が入ってくれてありがたかった。ひとつひとつはボリュームの少ない撮影だったけどこんなに疲れてしまうなんて体力の衰えめちゃ感じる。和歌山と亀岡に日帰りがあったのもあるかな。でも体力たりないな、つけたいな、運動不足だな。自宅とスタジオが遠くなったのもあるよなあ…むにゃむにゃ。起きよう

一旦帰って、シャワーして今日はお昼から展示の在廊。うちに帰る前に、次の月曜日はお客さん乗せて淡路島に行くから、24時間やってる洗車に寄ろう。すこしゆとりを持てて寝起きになんとなくつけた日記

これでいいのだ

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2026年6月17日水曜日、撮影現場に少し早く着いて、京都駅近くのタリーズでアイスソイラテと「3種のデリ風サラダのサンドイッチ」を食べてる。

最近、週末の自分の展示や平日の仕事がわやわやしていて、日々がなかなか日記に辿り着かないけど、とりあえず今日は自分の誕生日。

ちょっとその前に、展示の在廊中に起きたことや生まれた感情やお喋りしたことあたらしいものがたりなどなど、書き留めておきたいことは分厚くあるのだけど、とりあえず先に、誕生日の日だ、ってことを書くことに決めた。

数年後、去年やその前の誕生日なにしてたかなって見返したくなるかもしれないから。嬉しい気持ちも祝ってもらう気持ちも祝う気持ちも全くないけど、見返したくなるかもしれない予感で書いてる。昨夜は不器用で一生懸命でやさしいハピバスデーのピアノ演奏を贈ってもらった、すてきだった。

最近の自分は仕事にしろ作品にしろ、忙しくザバザバと写真をたくさん撮りたいってモードになってた。(色んなモードの時がある)

仕事にかまけてる時期、恋愛にかまけてる時期、自分の底にかまけてる時、かまけることが色々あるのはいいとかんじる。

さいきんは、ザバザバと撮ることにかまけたかった。多少の余白をなくしても撮りたいんじゃ〜だった

だからなのかお世話になっているひとづてに、新しい仕事が入った。だいすきで尊敬するお店のかたから、写真集を取り扱いたいと連絡をいただいた。私の日記や、大切な写真をのせてくれたサイトが公開されたとメールが届いた。

いくつも届くすごいプレゼントだぞ、、と思いかけたけど、そこに至るまでには繋げてくれた人たちがいて、その前にはきっかけになった出来事があって、もっとずっと前には、小さくてもアクションを起こした自分もちょっとだけいる。

降りそそぐお知らせや機会や、タイミングよく今日付近に集まってきてくれたこといろいろにほくほくして、ありがたいなって思う。

15分しか隙間がなかった

一旦あげてしまってあとで推敲しようかな

誕生日にも仕事があって普段通りに過ごせるのがうれしい。写真は関係のない、先輩がつくってくれた、すてきなサンドイッチ。(この写真も先輩が撮った

 

追記:

その後、京都のホテルの料理撮影の現場で、料理長が帰りにクロワッサンとカツサンドを沢山お土産に持たせてくれた。サンドイッチは私がいちばんすきなたべもので、クロワッサンはパンの中でいちばん好きなパンで、わあわあ、わあわあ。とくに誕生日ですとはお伝えしなかったけど、帰りぎわ、2度めましてだった撮影に立ち会ってくれたクライアントのお姉さんは「おつかれさまでした、なんだか名残惜しいなあ」と手を振って笑ってくれて、ジンとした。誕生日の日にいつものように仕事が入ってくれてるだけでじゅうぶんなのに

今はそんな感じ

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2026年6月13日、日曜日。

日記が追いつかなくなって久しい。

断片的な色々、

さいきん、月を探しても見つからない。

谷六のチャルカさんで美味しいワインとお料理をいただいた。

お料理の前にパンが出てきて、パンとワインだけでご馳走だなあと感動してしまって、そんなパンを探したいと思った。

パンとワインだけでご馳走になってしまうようなパンとワインを探すのを楽しみにしようと思った。

4月の始めにつくった日記本を献本させて欲しい方がいて、自分自身の低空飛行と緊張がかさなって「今じゃない今はできない」が2ヶ月も続いて長引いていたけど、6月になって唐突に今しかない、と思ってラインをしたら、すぐに返事が届いて、忙しい彼女は光の速さでスケジュールを調整してくれた。

しかも、この日の午後をまるっとくださいと届いて、遅くなってしまったけどタイミングを逃してないように接してくれてありがたいと思った。

あとは、、高知や広島に出張に行った。

別の日には大阪のディエチさんで撮影をして、きこえてくるインタビューの中にハッとする言葉があった。

京都のパパジョンズのキャロットケーキがおいしかった。取り寄せて、冷凍で届いたそれを雨の日のスタジオでみんなで食べられたのもよかった。キャロットケーキにまつわる思い出ごと好きになる景色だった

今日、さっき、久しぶりの5人で沖縄料理を食べに行ったらデザイナーのOさんが、ひとりひとりに文房具をくれて、それがすごくそれぞれに似合っていたのと、予算をきめてそれぞれに文房具を選ぶという楽しみをしました、みたいなことを言ってるのをきいて、どうしてそんなすてきなことを思いつくんだろうとおもった。わたしにはかっこいい緑色のマーカーをくれた。それの直前に緑色がすきって話をしてたから凄いなって思った。今日は沢山たべた。

書き留めておきたいことは、今は、そんな感じ

眠い目をこすりながらも書いておきたいこと

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2026年6月8日、雨の日曜日、

自分のスタジオを展示場所にした、土日だけオープンする展示「傘さす惑星」の1週目を終えた。

このスタジオを借りて6年ちょっと、普段は明るい仕事場だけど、コバトさんの詩と私の写真が、林さんの手で額装になってスタジオに並べられて「光る、漂う、優しくてすこし寂しい」この場所のそんな一面が見えた気がした。

土曜日は10時から22時、1人で在廊した。朝いちばんに遠方からの友達や、久しぶりに会う友達が来てくれた。

このブログを読んでくださっていた方が会いに来てくれて、ぽつぽつと沢山お話をした。初対面だけど心地がよくて、たくさん話しかけてしまった…少し反省しそうになるけど行こうと思ってくれたこと、じっさい靴を履いて玄関をでてきてくださったこと、とても嬉しかった。

クライアントさんがプライベートで来て、以前から手元に置いてくれている私の「ポートランド日記」を鞄からとりだして、好きな箇所にふせんを貼ってるんです、と教えてくれた。

22時のしめるまぎわ、友達が来て、今日は1日寝ていたと教えてくれた。エトセトラ、

日曜日は7時から17時、コバトさんと林さんもいてくれてほぼ3人で在廊した。ひとりひとりのことは書ききれないけど沢山のひとが来て、テーブルを囲んでお喋りをした。お茶をおかわりしながらキャロットケーキを食べたり、写真や詩や個人的な話をした。

ぜんぶの映像や時間、生まれる物語ひとつひとつ、思い出すたび、ぎゅっとなる。長居しちゃったと言ってくれる人が何人かいてその言葉はわたしを励ましてくれた。6年前、迷いながらも背伸びしながらもここを借りることをきめてよかったと思えた。おどろいたことにこのブログをまとめた日記本を購入してくれる方も何人かいた。

2日間の在廊を夕方で終えて林さんコバトさんとさよならして、寝不足のまま車で高知まで移動してきた。夜中にホテルにチェックインしてシャワーを浴びて、ねておきて今、朝食バイキングの会場で食後のコーヒーを飲んでいる。

今日は月曜日で、これから高知で撮影をする。引き続き寝不足で、これをかきつけている。

週末を傘さす惑星で過ごしたわたしは、平日地球での日常にもどるけど、惑星での出来事の前と後では写真との関係の深度が深まるんだろうと感じる。写真との深度とは私にとっては生きることそのもの。

だからえっとつまり、本気を出す対象がもういちど(ヘタしたら初めて)、はっきりと輪郭を持ってくれたということなんだと思う。それで、それはしぬほど幸運なこと。

話がほんの少しだけ飛ぶけど、昨日きかせてくれたコバトさんのスタンドFM「ぼくなりのラジオ」の最新の配信もそう思わせてくれた。

コバトさんは自分ひとりの覚悟や本気を笑いにかえながらラップにのせて歌っていただけなんだけど、笑いからはみ出したそれは凄味を帯びていた。笑いに乗っていたから更に怖かった。

1度目、在廊中に公開したてのそれを3人できいたときはゲラゲラ笑ったけど、ひっかかって、夜に高速道路でひとり2度目をきいた。今度は取りこぼさぬように言葉を追いかけた。あんまり笑えなかった。

私がひとりぼっちのあの場所で撮っていた写真を一緒にみてくれる仲間のようなものができて、これからもひとりでザブザブ撮ったらいい。「本当にやりたいことだから枯渇しない」と林さんとコバトさんが話してるのを隣で聞いて、確かにこれは枯渇しない、と思ってた。枯渇どころか、追いかけたら追いかけるほど時間が足りなくなるんじゃないか。ほんとのことってそうじゃないのか、ひとりぼっちで立つ惑星を持ってたのは自分だけじゃなかったと知らせてくれたし、だからいつももう迷わないで写真のことを生の真ん中に置いて祝福されるってこと、たぶん。あっえと、自分が祝福してあげようってつられて思えたって感じか。そこはたぶんすんなり追いかけて問題ない。

これは良いものだ、と林さんが作品のことを第三者に話してくれるたびにいまだに内心ギョッとするけど、でも去年から、ひとりで立てるように、というか、ずっとひとりで立っていたんですね、と肯定するように立ち振舞ってくれてたんだとも気づいた。言葉でそう言うのは簡単だけど言わないで、能動的に気づけるように気長に働きかけてくれてたんだと思う、それは依存じゃなくて独立と感じる。タイミングは作ったり掴むものだと思ってたけど、まるでそれを待ってくれてるような去年からの仕草と時間だった。

今回の傘さす惑星は6月いっぱい続きます。

傘さす惑星

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2026年5月27日

撮影のない雨の水曜日、2-3週間ぶりにここをひらいた。

あるサイトに7日間分の日記を載せていただけることになって、5月11日〜17日をそちらに提出した。それでここには書かなかった。

連絡をくれた編集者さんは「自然な成り行きで書いてください」と言ってくださってたものの、文字数制限があったり、自分でも、ここで書いてるほどは色んなこと書きすぎちゃったらまずいよなあ、なんて思ってたら少し丁寧に見直したりしたくなって、ここに全然こなくなってしまった。

少し気持ち的にひと段落ついて、今ここにいる。書いてなかった間も生活はあって、地球がまわってて、またここでダラダラ書きたくなって戻ってきた。

余白だった間は、服部緑地で馬に乗ったりタイ料理を食べたりした。

仕事では、エイトウンパさんというすてきなブランドや雑誌savvyや阪急三番街や、ダスキンさんの撮影をして、栃木に出張に行って、歯医者さんの撮影をした。

あっそれに、幼馴染とその坊やと3人で旅行にも行った。滋賀の一圓屋敷という場所に泊まって美味しい野菜やおかゆをたべて、「きみと珈琲」で珈琲を飲んで優しい店主とお喋りをした。

ドタバタ。

今は私はハッキリと、ドタバタが幸せな季節にいる。

くさくさと仕事を嫌悪しかけた時期もあったけど、そうゆうときはただ疲れすぎていたり、自分の写真が撮れていなかったり、自分を生きれてない時。

今は、私は、自分の6月の展示に向けて岐路に立っている。

岐路というのはいつも一人で苦しいものだと思ってたしそれを愛してもいた。でもすすみ方がわからなかった。

知らない間に岐路を請け負う覚悟だけがきっと出来たから、今は友達が出来たんだと認識してる。

友達とは、一緒に展示をしてくれる詩人のコバトさんや、林さん。

私の仕事場であるスタジオスヤスヤには、写真家の佐内正史さんの作品が飾ってあって、ちょっとヒヤッとする金額で購入したから仕事が暇な時とかに「買っちゃったけど、やりすぎちゃったかも」と、実は思ったりしてしまってたのだけど、けどある夜、林さんが私たちの作品を額装してここに持ってきてくれた。

何にも言わないで、佐内さんの額の横にそっと置いてくれた。

え?と思った。

佐内さんはずっと唯一の憧れで決して近づけないと思ってたけど、でも考えるより先に

「私たちの作品もかっこいいなあ」と思った。

少し大きな佐内さんの作品の横で、私たちの小さな額は品よくピンと胸を張っていた。

この景色を見るためだけでも作品を買う意味が私にはあったと感じた。

大きな価値観の変化はこんなにも唐突で静か。

決して揺らぐことのなかった憧れへの畏怖がきえて、シンプルにだいすきだけになれた。