ふかふかの夜に。

本業はフリーランスのフォトグラファー。ここを日記のように使っています。誰かに見せたいものじゃなくて、自分が忘れたくない気持ちを置いとくところ。たまに写真や仕事のこと。

書けないことのほうが本当なのに


ひとりぼっちの底で、
いつも少し寂しいな、と思いながらも
遠くへ遠くへ向かう、

いつもそうやって生きていくのが
いちばん合ってて私の幸せなんだと思って
やってきてるけど、
昨日の撮影後、とうとつに
守られたい気持ちになった

こうゆう時ってどうしたらいいんだっけ?
甘いもの欲しくなるんだな、と
他人ごとみたいに思いながら
ラズベリーソーダのトールサイズを
飲み干して、少し車で走ってから
まだ少し寂しくて
シュークリームも食べた

誰かと結婚してた時
誰かと同棲してた時、
どの時もどの人にもいつも優しくされたし
いつでも大きな心で守ってもらった

私は窮屈になって逃げ出して
今があるのに、不意に
守られたい気持ちに揺さぶられてしまった、
これ以上、ここにへんなことを書く前に
パンも食べて早く寝よう

..

と、昨日は思ってた
昨夜はお寿司を食べて寝た
逞しいなあと、また他人ごとのように思う

晴れた土曜日の今日、
すっかり機嫌を取り戻した私は

誰にも依存や執着することなく
されることなく生きていきたい

とかなんとか考えながら、
流れる景色を眺め電車で塩屋に向かった
友だちがいた、写真展をみた
笑って帰ってきた

夕方からは、別の友人と、なノにわの
屋台村「十字路の迎え火」で合流して
2人で暮れていく空を眺めながら
ビールとか飲むんだろう

誰にも依存や執着することなく
されることなく、歩いていきたいなー

そう、思い直すことができたことは、
平気でここに書ける

..

依存とか執着とか、したりされたり
そうゆうことに上手く立ち回れなくて
困ることと
守られることは対極ではないし、
…というか全く別物で関係ないんだろう
と思うものの
何だろう今の自分には
なぜかむつかしい

七から先が本当なのに、と書いてたのは
誰だったかな

帰国後のあれこれ









2026年10月4日
先週の月曜日にポートランドから帰国して6日経った。日曜日の午後、ぬるめの湯船に浸かってる日曜の昼。

渡米中、仕事を休んでしまうことに少し焦りはあったけど、帰国後は、10月いっぱいまあまあ忙しくさせてもらえてありがたいかぎり。

先週の備忘録、

・

9/30 水曜日
帰国から1日あけて、スタジオで料理の撮影。いつものメンバーでいつもの連載のレシピ用のページを3ヶ月分撮影した。

連休明け、撮影前のテーブルにスタッフの面々のお土産が並んだ。金沢、オーストラリア、ポートランド。撮影後は、お取り寄せしておいた奈良のtenkaraジェラートをみんなで食べた。

この日のクライアントのIさんは、プライベートで編集講座に通っておられて、そこで作っている、この日の撮影とは別の雑誌の初稿を私に手渡してくれた。

夏に、私にインタビューをして記事にしてくれたもの。

忌憚なく修正を、よければ色んな場所でいろんな時間に読んでみて、というような趣旨の素晴らしい言葉と一緒に渡してくれた全6ページにわたるその原稿には、インタビューの日の、あちこちに飛んで長いのに要点を得ない私の抽象的な話を、まるごと受けとめて、私より私のこと汲み取ってくれてるんじゃないの…!という言葉が並んでいた。
(案の定、苦戦させてしまってたとのこと…)

くわえて、誌面に使われていた彼女が撮ってくれた写真たち…スタジオでフィルムカメラを構える私や、カメラを持つ手元の写真とか…は、なんだか自分の手ではないようで、すごく無造作にカメラ持ってて、めちゃくちゃめちゃくちゃ嬉しくなった。私の手は造作なくカメラを持っている!不意のよろこびだった。

夜は、いつもの、近所の治安の良いバーに歩いて出掛けて、ポートランドのビールを2缶マスターに渡した。平日の25時ごろ伺ったからか他にお客さんはいなくて、2人でぽつぽつお喋りをして、閉店時間の26時にお暇した。

・

10/1 木曜日
ドイツから帰国中の友人、三原慶祐さんが3ヶ月間の日本滞在を経てドイツに帰る日が近づいてきたから、2人でランチをして散歩をした。

本当は私が行きたかった琵琶湖のほとりのモーニングにお誘いしてたけど、前日に店から臨時休業が発表されてしまった。

帰国中、滋賀に滞在していた三原さんは、琵琶湖大橋の近くの、ヨットハーバーと一緒になった美しい建築のホテル1階にあるイタリアンのランチを予約してくれた。

眼前に湖が広がるガラス張りの店内は差し込む光が綺麗で、窓に向かって90度の角度に置かれた椅子で、お喋りをしながら2人で2枚のピッツァをシェアして食べた。

はじめに出てきたサラダには、各々のガラスの器に入った色んな調味料が一緒についてきて、好きなようにドレッシングを作らせてくれた。緑色のオイル、刻んだエシャロット、粒醤油、乾燥したハーブ、塩。

平日の昼間、店は貸切で食後のドルチェとコーヒーまでのんびり済ませて最高だった。
せっかく滋賀まで来てくれたから、と三原さんはそのまま近江八幡の市街地を少し一緒に散歩してくれて、夕方さよならした。
散歩中、古びた道具屋で素敵な竹箒を買った。店の奥から出て来たおばあちゃんは、これ、いくらだった?と私に聞いた。715円だった。
花束みたいに白い紙にくるっと巻いて包んで渡してくれた。

・

10/2 金曜日
夕方、毎月ご一緒している阪急三番街の撮影を梅田で終えた。

夜は、同業のともだちのIさんがPCを抱えて我が家に来た。
ダイニングテーブルで写真のセレクトをする彼女を眺めながら台所でビールを飲みながら野菜を切った。

その後2人でいつものジビエ焼肉をして22時ごろ解散した。ふたりとも翌日に早朝からの撮影を控えていたから早めの解散。

Iさんは狩猟をしていて、いつも美味しい鹿肉や猪肉を持ってきて一緒に食べてくれる。
彼女自身は牛肉のほうが好きみたいで、ロピアで買ったそれをつついてる。
私はどちらかというと牛よりジビエ肉のほうが好きだから嬉しい。牛肉は、美味しいけど贅沢な霜降りが体に合わないようで1枚くらいしか食べられない。年だ。食べきれないほどの赤身の鹿肉を食べさせてもらえてありがたいし贅沢。

・

10/3 土曜日
朝の5時に現場入りして、外で、歌を歌う人の写真を撮った。

夜明け前の、光源がこの世界にのぼる前の曖昧な光で撮りたかったから夜明けと共に外での撮影を終わらせて、一緒に私のスタジオに移動して、撮影のつづきをした。

昼前に被写体のSさんが帰られて、そのまま夕方までスタジオでひとり過ごした。

時々昼寝をしながら
静かで小さな土曜日だった。

わたしはあの街でいつも透明になっている












2026年9月27日

アメリカから帰国する飛行機の中にいる。
サンフランシスコから関空まで12時間のフライト。

今回、ポートランドに行くのは4度目だった。
1度目は2019年の10月末、友だちに誘われて初めて旅行で訪れたポートランド。
わざわざ人には言葉にして伝えないような、でも個人的にはあまりに大きな偶然がたくさん起こり続けていて、人知れず街の片隅、本屋の片隅でメソメソ泣いていて、この街に恋におちた。

2度目は2023年の2月から5月を1人過ごした。
あのころ独立して数年だった私は仕事が忙しくて、日本でいつも疲れていていつも寝不足でいつも少し不安定だった。
ポートランドで暮らしをして、自分に、写真を撮らせてあげたかった。だんだん、ただの自分に戻っていった。特別な友達ができた。

3度目は2024年の4月、初めての海外旅行の両親をつれて6泊の滞在。ここでできた友だちとも再会して私たち3人の本当に素晴らしい思い出になった。

4度目が今回の9月、6泊の滞在。
今までは知らなかった部分が少し見えたり、個人的に大切にしたくなる新しい物語を迎えにいった。

それに、ポートランドに暮らす友だちが別の街に暮らしていた頃にポートランド移住を意識し始めたときの話…当時の気持ちや迷い、決断のこととかを、暮れていく夕日を浴びてビールを飲みながらゆっくり聞けた時間とか、すべてが本当にとてもよかった。
ポートランドで出来た色んな友だちとも沢山会えたし、新しい友だちもできた。

自分が、見て知って感じてる世界の印象を身体中で浴びて心や頭の中で消化して自分のものにしたり大切にすることは素敵なことだけど、それが正解だとか、全てだと思うのはよくない。

いつもどこにいても、自分の知ってる世界や、目の前の友だちや目に見える場所や出来事、行き交う言葉、それは世界の一部でしかなくて、当たり前のようにに氷山の一角以下で、
当然、自分の世界をつくりあげてるものは、類友でしかないんだから、と思う。

その友達は別の街でエンジニアをしてたとき、2-3度出張でポートランドに来て、それでこの街が気に入ってしまった。

お金や見栄や名誉でなく、当たり前を、当たり前にできる街、地球に優しいことを大切にして暮らしてる人々、クリエイティブで、街の標語がキープワイヤード、、
「僕ここに向いてる、」と思って、迷ったけど3年後、両親が亡くなった後、この街に越して来たそう。

ここにきて13年になる彼に、いま幸せかと聞いたら、しあわせだとにこにこしてた。
ここに来て良かったかと聞いたら、本当によかった、もっと早くここに来られたらよかった、とも。時間が足りないほどなんだなあと、なんだか私がとても幸せな気分だった。

自分は自分のやり方で、この街と二拠点なのか、暮らし始めるのか、現実と折り合いをつけながら、どんな風に歩いていこうかと思ってる。

ポートランドじゅうに流れる「僕たちは自由、わくわくする生き方はみんな自分で決めるものでしょう!」と朗らかにきこえてくるような街やひとの雰囲気がほんとうに好き。

かといって、個人と話してみたらあまり陽キャすぎない、なんなら少し陰なところも好き。
「自分で決めるよね、(ただし慎ましやかに暮らして折り合いもつけながらね、暮らし大事だからね、あと地球に優しくね)」と聞こえてきそうな控えめでもある街。

件の友だちはいつも人生は冒険、と言っていて、わたしの行きたいところに付き合わせても、目をキラキラさせて、君のおかげですてきな冒険ができたよ、と言ってくれる。

晴れた日には歩いて橋を渡ろう、とポートランドにあるたくさんの橋の中から好きな場所を選ばせてくれる。

散歩しながらあたらしい建築をみつけては、今は木造がいちばん新しくて地球に優しいポートランド空港も云々、と楽しそうにディティールやデザインのことを教えてくれる。

限られた人しか入れない、建設中の大学の芸術コースの新校舎にもこっそり忍び込ませてくれたりした。写真の暗室や大きな機織り機とかがおいてあって、織りかけの作品は地球のモチーフだった。

日本に到着するのは28日の夕方で、17日に発ってから11泊も留守にしていたのかと冷静になるとやっぱりヒヤッとするけど…

ここに行って過ごす時間は、自分の未来の決断に関わる時間が、必ずたくさん用意されてるとなぜか確信が持てる街。
かならず、想像の何倍もおどろくようなことが起こる街。
わたしはあの街でいつも完全に透明になっているんだと思う。
たぶんとても私に合っていて、日本にいるよりも、純度100%の水みたいになって街を徘徊してる。勝手に友だちがふえていく、導かれていく。
気づいたら、おかえり、と言ってくれるひとがたくさんできた。

「急かされたり」「決められたり」するのが苦手で「どこにでも行ける予感」に喜びを感じる私は、だからポートランドがとても合うとかんじる。
生まれ育った場所では、残念だけどそうゆうことに潰れそうになってばかりいる。

また、笑ってただいまを言えるように、帰国したら仕事もごりごりがんばりたいと思う。
1日置いて、30日から撮影が始まる。たのしみ。

今回迎えに行った新しい物語…ポートランドで展示をさせてもらえる場所を見つけた。
きっと来年はあの街に自分の展示をしにいく。日本での仕事も暮らしも、ほんとにむっっちゃ頑張る。

今回は日本から友達とその娘さんも合流してくれて、同じAirbnbで泊まって一緒に街を歩いたりスーパーマーケットで買ってきた食材で食卓を囲んだりした。そのことも本当にすてきな時間だった。3人ですべての時間が、穏やかだけどきらきらと輝いて見えた。

この街を訪れるたびに、また新しい旅が始まる





2026年9月26日
ポートランドで過ごす最後の日、金曜日。
昨夜は雨が降っていて、今朝は風が強かった。
今はとてもきれいな天気。
9月のポートランドは明るくて気持ちいい。

ここでできた友達のサリーと、
12時15分にダウンタウンのSoenで
待ち合わせをして、いなり寿司のランチと
コーヒーを一緒して、
今はひとりでPowell ‘s city of booksの
カフェでまたコーヒーを飲んでる。

美味しいのか美味しくないのか
よくわからないブルーベリーマフィンも
一緒に食べているけど、
こうゆう時に大切なのはマフィンが
美味しいかどうかではない、と考えながら
友人のいそのさんの顔が浮かんだ。
すんごいわかってくれそう、というか
私が彼女に影響を受けた結果か、とか
なんとか思いながらフォークで小さくした
マフィンを口に運ぶ。

夕方は別の友達とPSUで待ち合わせを
してるから、ちょっとひとりで
噛み締めたかった。
私にとってここにいることを噛み締める
ってことは、
「とても落ち着く」「好き」な場所で
「急かされたり」「決められたり」せず
好きなだけ考えごとをするということ。
そこに「どこにでも行ける予感」が
加わると最強、だからここが好き。

だから私は、せっせと毎年、16時間かけて
ポートランドに考えごとをしにくる。

その場所の空気を浴びて、
ここでできた友達と過ごして、その隙間に
ひとりぼっちでここにいることを噛み締める。
写真撮って、コーヒー飲んでる。

今日もまた驚くようなことが起こった。
ポートランドだなあと思う。
前置きが長くなるけど、私が忘れたくないから
ここにちゃんと書いておきたい。
.
そもそも今日ランチを一緒したサリーは
3年前に私が一人で3ヶ月この街に
逃避してた頃に、住宅街で
「あんた何してるの?」と声をかけてくれた
マダム…の近所の住人だった。

メルセデスという人懐っこいドイツ系の
そのマダムは、初対面の私を自宅の
キッチンに招き入れて、一緒にクッキーを
作らせてくれた。

2024年、私は日本から両親をつれて
ポートランドにまた帰ってきて、
メルセデスはあの時と同じように
一緒に思い出のクッキー作りをさせてくれた。
その時一緒にいたのが、サリー。

サリーはその翌週に家族で日本旅行の
予定があって、私たちはポートランドで
初対面を済ませた翌週には
勝尾寺や箕面の滝にドライブをしに出かけた。

今回は、私がポートランドに到着すると
サリーがSNSでそれを知って、
ランチに行こうと誘ってくれて、
今日のSoenでのランチが決まった。

Soenに着くと、サリーの友達の
ユリさんも一緒で、彼女は人生の半分を
アメリカで過ごしてる日本人だった。

ここからなんだけど、
今回私がポートランドに着いた翌日に、
ポートランド日記を置かせてくれた書店、
Hi booksさん。

そこでたまたま展示されていた
写真と言葉の展示が素敵だったのだけど、
というか、それを見て、私もここで展示が
したいとお願いして叶ったのだけど、
作家はユリさんの友達だった。

さらに、ポートランドで日記本を取り扱って
くれる場所や展示場所を探している、と
ユリさんに伝えると、
Soenのオーナーに声をかけてくれた。
Soenは私にとって金字塔のよな場所なので
感涙。

さらに、以前神戸のレピスのたえさんの
場所で知り合った、
ポートランドの陶芸家ジェイミーは
ユリさんの友達で、ゆりさんは、
次ここにきた時は一緒にジェイミーの
スタジオに行こう、
一緒に何かできるかも、と誘ってくれた。

私が最近、ポートランド繋がりで
日本で知り合った人もユリさんの
友達だったし、
ユリさんが日本とポートランドの2カ所を
拠点に作ろうとしている場所は、
私の日本での仕事も繋がっていった。

この街にいたら自然なことだなと
いつのまにか私もそう感じるし、

自分で何かをやりたい、
場所をつくりたい、という人が
集まっていて、合っている気がする。

そうゆうひと特有の、他人との
程よい距離感と、常時の機嫌のよさ。
自分のやりたいことに集中してるひとは
他人を攻撃する時間なんてないと感じる

うーん、私やっぱり
この街に住みたいかもしれない。

ところで、昨日は
ポートランドのリソグラフの印刷所、
outletに併設されている
Zine libraryに、ポートランド日記と
「傘さす惑星」の小冊子を寄贈させてもらった。

いつか、誰かが手に取ってくれますように。
Zine文化が盛んなこの街に私と私たちの
印刷物がアーカイブとして残るのが嬉しいし、

委託販売を請け負ってくれたHi Booksも、
来年は「本を置いてもらえるかな」と
扉を開けるんじゃなくて、
自分の展示をするためにあの扉を開ける。

訪れるたびに、旅の終わりじゃなくて
新しい旅が始まる街

小さくもない 大きくもない 、編集もされていない









2026年9月20日、日曜日

ポートランドに着いた翌日
小さくもない 大きくもない
編集すらされていない私の夢が 2つ叶った

ここでできた特別気が合う友人、
エンジニアで写真家のDanさんと 
13時にHi Booksという書店の前で待ち合わせた

彼は、ポートランドでビールを飲もうと
誘ってくれてたけど、私はビールより先に
この店に行っておかないといけなかった。

土日の13時から17時だけ開いてる店だから
この日を逃すともう機会がなかった。
今回じつは、旅行のほかにゆるやかな目的を
ふたつスーツケースに詰めてきてた。

・自分が日本でつくった本の英訳版を
ポートランドの店で取り扱ってもらうこと

・次にこの街に来る時に、
展示をさせてもらう場所を見つけること

そのための1件目の場所がHi booksだった。
Danさんと合流して、少し勇気をだして
店の扉をあけたら、
写真と言葉の展示が目に飛び込んできて
くらくらした

とびきりチャーミングでフレンドリーな
女性のオーナーは、
平日は有名ブランドの広告写真の
レタッチャーをしてるけど仕事なんか
ぜんぜん面白くない!と笑ってた。

色んな方面が嬉しくなって、
おもわず本を取り扱って欲しいと伝えたら、
もちろん、ぜひ!と、
本を2冊買い取ってくれた。

拍子抜けして、さらに、
ここで来年展示がしたい…と
日本から持ち込んだ私たち「傘さす惑星」の
小さな冊子をお渡ししたら、
「もちろん!ここでいいの?」と言われた。
ここがいい、と思った。

これらの願いは何年も望んでたこと。
2023年も、去年も、実はこの街に来るたび
人知れずチャレンジしてたけど、だめだった。
かなう時はいつもあまりに静かでとうとつ。

…もちろん準備や心づもりはした上での唐突。
かなうべきときにが来たら、
動いていれば簡単にかなう。

この街ではそんなのが当たり前にすら感じる。
やってみたいと声に出したら
おもしろそう!やってみたら?と背中を押され
ひとつずつ叶っていく街。

Danはそのことを「踊る阿呆に見る阿呆、
おなじ阿呆なら踊らにゃ損、
この街は皆踊ってる、だから踊る君もここに合う」
と言った。

その後は2人で、ダウンタウンに
ビールを飲みにでかけた。 
そうしたら、たまたまTOKYO SANDが
そこに移転していて、
私は3年ぶり、2度目の対面なのに、
スタッフのひとが、目が合った途端、
すぐに気づいてくれて
おかえりなさい!と言ってくれた。
名物のTOKYO SANDを半分こして
ビールを1杯ずつ飲んでさよならした。

Danさんと私は本当に気が合って、
1年半ぶりに会ったのに、
まるで昨日も会ってたみたいに
カメラや、暮らしや、仕事、
この街の話をした。

..

夕方、友人のKさんと娘のMさんが
日本から到着して、
同じAir bnbでの旅行が始まった◯

大きなクロワッサンを眺めながら




2026年9月23日
きれいに晴れてて、あたたかい。

土曜の夜にポートランドに着いて
気づいたらもう水曜日の午後。

Never coffeeでホットコーヒーと
大きなクロワッサンを注文して
目の前の景色を眺めながら
久しぶりにこの日記をひらいた。

心地よくて、おだやかにうれしくて、
すこし眠たい。

わたしはこの街に考えごとをしに来てる
と思った。
日本からわざわざ16時間もかけて、
大まじめに考えごとをしに通ってる。

今日は午後からのんびり宿を出て
laurelhurst parkまで散歩した。
3年前にみつけた私の好きな公園。

大きな木がたくさんあって湖があって、
みんな、芝生に寝転がって昼寝をしたり
本を読んだりデートをしたりしてる。
特別な思い出もある。私の大切な公園。

空いてるベンチに腰かけて
少し緊張しながら目の前の風景を眺めた。
帰ってきたなあ、と思う。
今回のポートランド、かえってきたなあと
思ってばかり。
Powell’s books でも、住宅街でも、
公園でも空港でもそう思う
緊張が溶けていって自分自身が小さくなっていく

ここでできた友達がみんな「おかえり!」と
次々にdmやメールをくれたのも手伝ってか
ここは私の帰ってくる場所、と思う。

ところで、日記をつけていなかった間にも
すてきなことや忘れたくないことが
いくつか起こった。

今回のポートランドは
出国前に気持ちが焦りすぎていて
準備もままならず、
ポートランドの友達に全く連絡せぬまま
来てしまった。
来てから誘うなんて、急だし悪いなあと
思ってそのまま声をかけられずにいたけど、
着いてみたらほうぼうから

「今ポートランドに来てるの?」と
何人かから連絡をもらって、
あっという間に、到着翌日のビールの予定、
火曜のランチ、火曜夜のビール、
金曜日のランチ、火曜日の飲み会の予定が
決まっていった。
合わせられなかったお誘いもいくつかあった

みんな、近くにいてるなら会おう、と
当たり前に言ってくれる。
みんなが、おかえり!とも言ってくれた。
時間の余白がちがうなあと思う。

この街で会った色んな仕事の友だち、
写真家やエンジニアや医者や主婦、
みんな、
今週はこの日とこの日が空いてる、と
すぐ調整してくれる。
暇なわけじゃなくフレキシブルに仕事を
詰めたりして、調整してくれてる。

ありがたいし見習いたいし、
うれしいし優しい、大好き。
今回も嬉し泣きしながらここで過ごしてる。
私が変更すべき普段の暮らしの
優先順位の修正方法をおしえてもらうように
のんびり過ごしてる。

すこしずつ、備忘録のこしていけたら
良いな

あの街は今、この街





2026年9月20日

昨夜遅くにポートランド空港に着いて
MAXとLyftを乗り継いで、
Air bnb で予約ささたColleenの家に
チェックインして、泥のように眠った。

起きて、シャワーをして、
ひと息ついたら涙が出てきた。

Colleenの場所に滞在するのは2度目。
2023年に、すべての仕事と結婚生活を
放り出してこの街に逃げてきた3ヶ月間の、
最後のひと月をここで過ごした。

今だから書けるけど、

あの頃は日本でいつも疲れ果ていて、
いつも泣いていて
いつも疲れていて
いつも寝不足だった

暮らしから逃げなきゃ無理だった。
逃げてきた先は天国だった
わたしの最後の嗅覚だった、

2023のチェックインの日、
初対面のColleenは
ゆうこ?と話しかけてくれて、
そのまま彼女の生活空間にわたしを
招き入れて、下手な英語にずっと
耳を傾けてくれた。

疲れてここにきたこと、
この街が好きなこと、
写真とってること
もうよくわからないこと

目を見てずっと頷いていてくれて、
さいごに、人生には季節があるのよ、と
抱きしめてくれた。

その後、彼女の週末の
別荘でのパーティーや、
彼女が先生をしてるダンスレッスンに
何度も連れ出してくれた。

きれいに咲いた庭の花を花瓶にいれて
わたしの部屋の前に置いておいてくれた
彼女の庭にはきれいな花が
たくさん咲いていて、
欧米版谷川俊太郎みたいなすてきな恋人と
庭で長い時間お喋りをしたり、
庭仕事しているのを何度も見かけた。
自分の母親と同じくらいの年にみえる、
お花みたいに美しい人だった。

あの頃は日本でいつも疲れ果ていて、
いつも泣いていて
いつも疲れていて
いつも寝不足だった

暮らしから逃げなきゃ無理だった。
逃げてきた先は天国だった
わたしの最後の嗅覚だった、

また、ちゃんとここに帰って来れた

去年両親とこの街を訪れた時は、
ダウンタウンのちゃんとホテルをとった
初海外旅行の2人と過ごすのに
自分も必死で、
なんだか落ち着いて噛み締められず、
コンセプトの違う旅行だった
(それはそれで最高だった!)

6泊、大切に、普通に、
深呼吸して過ごす

昨夜、夜中のセルフチェックインだったから
まだColleenには再会してなくて、
会えたらもう元気、って
話そうと思います、うれしい